CSR-企業のJusticeを求めて-

CSR経営のすすめ

2007年10月に東大阪商工会議所主催の研究会「トップス東大阪例会」で招待され「CSR経営のすすめ」と題して講演したときのスライドをPDF形式にしたものです。
CSRの本来の目的や具体的な実例をビジュアルに解説して、今後の新しいビジネスモデルとなる可能性をもつ手法であることを論じています。大企業に留まらず中小企業経営者もできるところから意欲的に取り組む意義を強調して結論としています。

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経営学の羅針盤〜CSR経営への道程〜

1.経営を混沌に擱かず
2002年の夏休みに、10名程のゼミ生を引率して京都府福知山市内の中堅企業数社を訪問し、リーダーシップ(指導力)とは何かをテーマに会社社長にインタビューしたことがある。ある医薬品会社の社長は、私たちが訪問するのを心待ちにされ、その日のために自ら作成・準備されたパワーポイントで、同社の事業の特徴や組織、今後の経営への抱負などを理路整然と説明された。医薬品事業に対する専門的知識に留まらず、経営者としての心構え,将来への投資の計画や従業員の動機づけの極意など、月並みな講演会では聴けない洗練された経営哲学を圧倒的な気迫で話された。

この医薬品会社の社長は、リーダーシップの本質を『経営を混沌に擱かず』という簡潔な言葉で表わした。つまり、会社を代表する指導者(リーダー)は、会社を巡る様々な環境(政治、経済、法律、文化、自然環境など)の動向を分析しその内容を正確に読み取って、会社の進むべき進路を定める責任をもっている、という意味である。もしこの分析や方針が誤れば,会社は目標を見失い、事業を失敗に導いたり会社存続の危機を招くであろう。

会社のリーダーは誰よりも会社の進むべき正しい方向を示す羅針盤をもたなければならない。オーケストラでいえば、社長は指揮者であり、様々な楽器(従業員)から奏でられる音を指揮者がイメージした曲想の下に芸術的に意味ある音色に紡いでいく。会社の将来のあるべき姿(ビジョン)を設計し、その実現の方策(戦略)を練り上げる工程は、現実の製品を製造したり商品として販売する実務とは異なり、目に見えない。目に見えないが会社のリーダーの大切な役割とみなされている。
2.CSRの登場
21世紀に入って現代の会社のリーダーの前に、20世紀の経営学が見落としてきた大きな 壁が現れた。CSR(Corporate Social Responsibi-lity;企業の社会的責任)という巨大な壁である。CSRの理解と扱い方を誤れば、会社経営を「混沌」とした荒海に投げ出し、延いては「反社会的企業」の烙印をも押されかねない。

最近生じた日本企業による国内の反社会的事例をいくつかあげておこう。

  • 建設業者や経営コンサルタント、1級建築士が共謀してマンションやホテルの構造計算書のデータを改ざんし耐震強度を偽装、安全性より利益を優先して危険な建物を販売した耐震偽装事件。
  • 自分の会社の価値を大きく見せるために、複数の会社が合体して一つになる合併(Merger)や相手企業の株式の過半数を取得して実質的に支配下におく買収(Acquisition以上の行動をM&Aと呼ぶ)を繰り返し、投資家を欺くための虚偽の情報を提供したり、粉飾決算(会社の業績を良くみせるために経理内容に不正な操作を加え虚偽の決算書を作成すること)を行って証券取引法違反の容疑で社長が逮捕された事件。
  • 公共下水道工事に絡んで県知事が建設業者と談合しその見返りに受注先の業者から選挙資金を受け取った福島県下水道談合事件。
  • 1972年に世界保険機構(WHO)が石綿(アスベスト)の発がん性を指摘していたにも関わらず、行政による石綿の全面使用禁止措置が等閑にされた事情も加わって、石綿を取扱う工場労働者や周辺住民に中皮種が広がり多数の死亡者を出して健康被害の広がりが懸念されているアスベスト公害。
  • RVワゴン車の舵取り装置の部品(リレーロッド)の強度不足を知りながらリコール(事故を未然に防止するうえで保安基準に適合していない製品や部品を国土交通省に届け出て回収し無料で修理する制度)の届けを8年間怠ったために人身事故で5名が負傷し、業務上過失傷害容疑で品質保証部長ら3名が書類送検された事件。


上記の企業不祥事は氷山の一角であり枚挙に暇がない。これらの事件を招いた原因には一つの共通点がある。安全や衛生、人権、法律を軽んじたり無視して営利を優先した結果であるということである。

だが、アスベスト公害を除けば上述の事例には原因と結果が比較的明確であり被害者の特定や反社会的影響の範囲も限定されている。
温室効果ガスの大量排出による温暖化の加速化、大気中または海中に廃棄された有害化学物質による汚染、人間の経済活動や生活圏の拡大などによる種の絶滅の進行、資源・エネルギーの枯渇の危機、森林伐採による原生林の消失、砂漠化の進行、など地球環境問題の影響は国境を越えて長期に及ぶ。また、その責任を特定の企業や個人に収斂することは困難である。
不要になり捨てられて海面に漂うビニール袋を餌のクラゲと間違えて飲み込んだために消化不良を起こし海浜に漂着したアカウミガメの死の責任を特定の企業や個人に結びつけることができようか。

企業や個人の利己的な活動の集約が地球環境問題として現れた。したがって、その解決のためには、環境改善や生態系の維持のために何が必要かを予め考えて取り組み、その成果として利益が生まれ正当に評価されるシステムが必要になる。地球環境問題の解決には、生産者も消費者も国境を超えて共同しこれまでの生産活動や生活様式、価値観を転換して環境へのダメージ(否定的影響)を少なくする取組を図らなければならない。

環境に配慮した企業の活動は、1990年代に環境マネジメントとして誕生し、省エネルギーや廃棄物の削減・リサイクル、化学物質管理などの領域で短期間に一定の実績を挙げてきた。
会社が社会に供給する製品やサービスに関し法令以上の厳しい基準を課して遵守し適正な収益を達成している経済情報、工場や事業所、製品から発生する環境へのダメージを計画的に削減する目標と実績を中心とする環境情報、雇用保障や障害者差別・性差別解消、従業員の労働安全衛生、地域社会への貢献の実績などに関する社会情報を柱とする3分野の情報(TBL;Tri ple Bottom Line,トリプルボトムラインと呼ぶ)を公開して、会社の事業を社会的責任(SR; Social Responsibility)の遂行状況から価値判断する運動が広がってきた。

SRは、現在、ISO(International Organization for Sandardization ;国際標準化機構)で規格化に向けた作業が行われ、2008年頃を目処にISO26000として発効する予定である。SRは営利を追求する企業だけでなく、自治体や政府機関、学校、病院など幅広い組織に適用される。CSRはSRの一部として包括されその企業版とみなされている。
SRに関する情報を基に企業を格付(社会的責任の遂行状況の優劣に関するランキング)し、投資家の判断材料にしてSR評価の高い企業を金融的にも優遇しようとする動き(SRI;Social- ly Responsible Investment社会的責任投資と呼ばれている)が欧米を中心に拡大している。

20世紀の経営学が信奉してきた収益本位の成長や競争優位の経営原理が根底から問い直されている。
3.新しい経営学の創造をめざして
経済的側面、環境的側面、社会的側面の3つの領域から社会的責任をはたそうとする取組をSRビジネスと呼ぶことにしよう。

江戸時代の自然哲学者で豊後国(現在の大分県国東市)の出身であった三浦梅園(1723〜1789年)は医者でありながら当時の西洋天文学や朱子学を極め独自の世界観を確立していた。彼はその著書で、自然事象や社会事象を見る際に、主観的な立場から見ただけでは本質を見誤る、逆の立場からも事象を観察して総合すると本当の姿が見えると述べた。これを「反観合一」と称している。ドイツ人哲学者ヘーゲル(1770〜1831年)が確立した弁証法に通じる概念を鎖国時代の日本人が発見していた。余談になるが三浦梅園の生家にはノーベル賞受賞者である湯川秀樹の直筆による色紙が飾られ「反観合一」と記されている。

CSRとは、企業が「反観合一」を実践する運動と言える。利益を生み出すプロセスで自然環境や生態系にダメージを与えていないか、消費者や株主、地域住民との摩擦を解消し社会に貢献したかどうかなど自社の活動をNPOや消費者団体、労働組合などにも評価してもらい、その情報を公開して会社の成長の公正性を客観的に判断してもらう。

このような自己点検、相互点検が可能になり、行政によるフェアな規制を背景に大きなシステムとして定着すれば,経営者による独善的な収益本位の経営は淘汰され、企業不祥事や公害、生態系へのダメージ、社会的不平等の多くの問題も解消に向かうであろう。

SRビジネスの先進的事例を紹介しよう。

  • 環境NPOであるグリーンピースが開発したノンフロン冷蔵庫(炭化水素を冷媒に使用しオゾン層破壊物質であるフロンを使用しない冷蔵庫)の技術協力を受けて日本国内で初めてノンフロン冷蔵庫を開発、販売した家電メーカー。
  • 工場の設計段階で省エネルギーを企図し産業廃棄物を発酵させたガスを燃やして発電し発生した熱を利用するエネルギーシステムを確立して、1990年比で約45%の温室効果ガスの削減に成功し日本の京都議定書目標(-6%)を超過達成しているビールメーカー。
  • 国内で05年度に4038件のボランティア活動に従事し、金額換算にして約5億円、総社員参加時間数は6万2140時間の実績を集約、公表している電子機器メーカー。
  • 能力と意欲ある女性の活躍の機会を創りだすために「女性活躍推進委員会」を設置し、新卒採用や職務領域での女性の拡充、女性の管理職登用、育児休業制度などで目標と実績を公開している地方銀行。
  • 本社とグループ会社の新入社員1万人を対象にしたCSR研修の中で車椅子やアイマスクを使って疑似体験させ障害者の立場に立った生活を実感させる取組を始めた損害保険会社など。

まだ端緒的な成果に過ぎないが、SRビジネスを成功に導くことができれば、持続不可能な社会から持続可能な社会への転換が可能になる。そのための新しい経営学の原理と手法の開発が求められている。持続可能な社会のキーワードであるCSRは21世紀経営学の希望を灯す羅針盤になるであろう。

(出所)
 拙稿「経営学の羅針盤〜CSR経営への道程〜」近畿大学
 経営学部編『知識の狩人〜学問の世界・学びへの誘い〜』2007年版。