-環境経営時代に企業がとるべき経営姿勢とそのビジネスモデルとは-
■ 環境は経済、社会、文化のキーワードに
2009年9月22日に国連気候変動首脳会合で日本の鳩山首相が英語で行ったスピーチに世界が注目している。先進国は率先して温室効果ガスの排出削減に努める、日本は中期目標として2020年までに1990年比で温室効果ガスを25%削減する、途上国に対して「共通だが差異のある」責任のもとに資金的、技術的支援を行うと述べた。これに対し、国連の潘事務総長やフランスのサルコジ大統領、アル・ゴア元米副大統領も日本の積極的な決意(国際公約)を歓迎、主要排出国である中国政府も前向きな姿勢を表明しているという。
環境問題の国際政治で日本がリーダーシップを発揮し、目標実現に責任を果たすなら、持続可能な社会づくりに向けて世界は大きな一歩を踏み出すであろう。
日本の経済界には民主党政権の温暖化対策に対し戸惑いや反対論もあるようだが、ローソンの新浪剛史社長は「温暖化対策に対する強い意志を感じさせ、良いと思う。世界が常に地球環境を念頭におく社会へ移行する中、日本は先手を打たなければならない。」(日本経済新聞、2009年9月18日付)と高く評価している。
日本の環境行政が温暖化対策を柱に、今後、法的規制・社会的規制を強化する方向にシフトすることは確実であるが、それをビジネス・チャンスにして、新しい環境ビジネスを起業したり、本業の一部に組み込む動きもある。日清紡グループは、繊維事業、自動車のブレーキ製品事業、紙製品事業など複数の事業を柱とする多角化企業であるが、その中でも太陽電池製造装置の事業の収益が急拡大(この1年間に部門利益が4倍)しており、同社は、地球温暖化対策に貢献する環境とエネルギー市場へシフトすることを宣言している。
温室効果ガスの原因となる石油製品を中心にエネルギーを供給してきた昭和シェル石油は、意外にも非石油事業である次世代型太陽電池事業に進出しており、5年後には同社の実質利益の半分を太陽電池事業で稼ぐ計画である。環境ビジネスが経済の中核となる時代を迎えている。
環境の時代を先取りする顕著な現れとして、企業の農業への参入の動きがある。イオンは、この3年間で、全国に10数カ所の農場を運営しプライベートブランド(PB=自主企画)野菜を生産し自社の物流網に乗せて店頭販売する計画である。PB野菜の売上高を3年後に年間数十億円にしていく。セブン&アイも農家や農協との共同出資で千葉県に農業生産法人を設立しており、今後も農業生産法人を拡大する見込みである。他にも、JR東日本が農協と共同して法人を設立し駅のそば屋の食材に利用しているとか、カゴメが全国8カ所に大型菜園をもってトマトを栽培、スーパーに供給しているなど。
これらは食の安全志向を背景に生産履歴がはっきりした商品を消費者にアピールできることと、農業の担い手不足から来る野菜などの安定供給基盤をつくる狙いもある。企業もこのような取組から健康的で安全な食料を供給するために、持続可能な農業や自然生態系のシステムを尊重した経営を考えざるを得ない。環境に配慮した農業は広い意味での環境ビジネスになる。
最近のメディアをみると、著名な文化人も積極的に「環境」を意識したメッセージを発信している。冒険家の野口健さんは、エベレストに放置されたゴミを回収する清掃登山を提唱して登山家の意識改革に取組んでいるし、国連環境計画(UNEP)の親善大使で歌手でもある加藤登紀子さんも、「人間と自然と地球の関係から出発しないと何も変わらない」と訴えて環境保全の草の根活動を実践している。音楽家の坂本龍一さんは、自ら森林の再生、砂漠の緑化、マングローブの再生・保全事業をめざす団体「more trees」を設立し、すでに国内3カ所で森づくりを行っている。
エコに関わる雑誌の販売が好調で環境に対する社会的関心が高まっていることや、企業や学校における環境教育も充実し体験型で実践的な教育が行われている。企業の従業員が出張授業を行うなど、産業界と教育界との交流も年々盛んになっている。
私たちの暮らしに関わる経済、文化、社会を見渡すと、環境がキーワードとなり、あらゆる社会生活で避けられない重要な課題になっていることがわかる。
■ 環境に配慮した活動とビジネスモデル
何のために企業は環境対策を行うのか、その結果、環境保全と収益性は両立するのか、この点を企業の経済活動の原点に立ち返って考えてみよう。
図表1は、環境に配慮しない資本の運動のモデルである。実線部分は市場における商品の売買の過程を示し、点線部分は事業所内の運動を示す。最初に元手となる貨幣(G)で市場から生産手段(Pm;原材料、部品、エネルギー、機械や設備、工場用地など)と労働力(A)を商品(W)として購入し事業所内で適正に配置して計画的に生産(P)を行う。独創的なアイディアや技術による新規市場の創造や労働者の賃金部分の価値を超えて得られた商品価値(W’)を市場で販売して増加した貨幣(g)が得られる。このg(利益)を増大させることが資本の運動の主要な目的である。
極端な例であるが、利益が生まれるプロセスで、環境に対していかなる影響を与えたか、それに対する自己点検と制御の基準は示されていない。この運動の規模が拡大し回転数が速まるほど収益は拡大するが、多様な生物種の生息環境が脅かされ、有害廃棄物の累積や大気、土壌、河川の汚染が進んで、環境負荷(環境への否定的影響)は加速度的に増加する。20世紀の経営学を支配した持続不可能なビジネスモデルである。
図表2は環境を配慮した資本の運動である。図表の上部をみると、資源の調達段階から製品の廃棄段階後のリサイクルを前提にした設計やそのための素材を選択していることがわかる。製造段階でも省エネルギー、ゼロエミッション(廃棄物をゼロに近づける取組)を行って、本業でも環境配慮型製品やサービスの比率を高めている。また、流通段階や廃棄段階でも省資源化や分別、回収、再利用・再生利用を図って、製品のライフサイクルにわたる環境負荷削減の取組が行われている。
この図表の下部に示されている資本の運動の図解は図表1に似ているように思われるが、G’にリサイクル活動による利益が加わっている。xは廃棄・回収・リサイクルによる一部費用負担と原材料節約による費用削減を相殺し付加された利益である。このxは当初は赤字であるが、回収率が上がり環境配慮製品に組み込まれる原材料節約の割合が上昇するにつれて次第に黒字に転化する。また、自社だけでなく他の事業所からの廃棄物を回収する独自のリサイクル事業もxの黒字化に貢献するであろう。
リコーの2007年度の環境経営報告書によれば、年間あたりの環境投資額は約6億円、環境費用は約180億円であった。環境コスト総額(年間)は186億円である。他方、環境活動による経済効果(リサイクル品売却額、特許などの研究開発効果、汚染によるリスクの回避など)は約395億円である。この差額は約209億円で大幅な黒字となっている。なかでもリサイクル品売却額は240億円に達し、経済効果の約61%を占める(『リコー環境経営報告書2008』2008年、60頁)。この財務データは、リコーが日本でまだ「環境経営」という用語が浸透していなかった時期(2000年)に、逸早く環境経営の到来を予見し、将来の環境リーダーになることを宣言して先行投資した成果であることを物語っている。
図表1の利益は環境を犠牲にした利益であるが、図表2の利益は環境に配慮して得られた利益である。図表1よりも利益の環境公正性が明確になっている。企業は環境活動と経済活動を有機的に関連づけて計画的、組織的に取組めば、「公正」な利益を達成できるだけでなく、その後の環境格付や環境融資でも競争優位に立ち、環境ブランドを形成して株価の上昇や社会的信用を高めることも可能になる。
■ 優れた環境経営を取組むために
持続可能な社会に向けた環境経営の成功の条件は以下の5つの点に要約できる。
第1に、経営ビジョンでフロンティアに立って、環境配慮の事業(本業)を中核に据え、独創的なビジネスを開拓することである。環境や人を第一義に考えた事業を展開することが大切である。
愛媛県今治市にある池内タオルは、従業員数27名からなる中小企業だが、本業のタオル製品を枯れ葉剤を使用しないオーガニックタオル(有機栽培綿で製造されたタオル)に転換してニューヨークの国際博覧会に出品して受賞、製造プロセスで使用する全エネルギーを風力発電に置換える手法(グリ−ン電力証書の取得)等を採用して事業を成功に導いている。
また、日本理化学は従業員数で100名に満たないが、知的障害者を50%以上採用して、地域の雇用に責任を果たしており、養殖のホタテ貝の廃棄物である貝殻を粉末にして炭酸カルシウムと混ぜ合わせリサイクル製品(ダストレスチョークという)にする技術を確立している。
損保ジャパングループは金融機関の社会的責任投資(SRI)の中心的な投資信託商品である「ぶなの森」を1999年に設定したが、世界的な金融不安と株価低迷の中でベンチマークとしているTOPIXを13.4%上回る経済パフォーマンスを示している。この点が評価されてSRIファンド大賞を3年連続獲得している。SRI商品が中核にはなりきれていないが、日本の金融機関の中で環境先進企業とみなされ、環境省から「エコファースト」の認定も受けている。
第2に、環境配慮型利益をどのように実現すべきか、その方法を模索することである。調達段階から廃棄段階に至る個々のプロセスの活動も重要であるが、当事業が製品のライフサイクルにおいて重要な環境負荷を与えている領域を明らかにし、その解決法の中に新しいビジネス分野を探求し、発見する。事業所で使用される化石エネルギーに替わる新エネルギー技術の開発や導入、CO2排出削減のノウハウの開発、環境配慮型材料(eco material)の開発は自社にとって当面の費用負担になるが将来の有力な知的財産(技術革新)への先行投資とみなし公正な利益への手段と位置づける。
ガラスや化学製品を供給するAGCは、優れた断熱性をもつエコガラス(複層ガラス)の開発によって、建物や自動車の省エネルギー性能を高めCO2削減に貢献するガラス技術をコア事業に位置づけ新しい収益源のコア技術として研究開発を強めている。
第3に、市場に提供する製品系列で環境配慮製品(省エネルギーでリサイクル可能な材料からなりエコマークなど第三者認証を得た製品)の割合を100%に近づけることである。本業における環境配慮製品の拡大は環境ブランド(環境に関する情報、コミュニケーション、イメージ、活動評価で得られる消費者や企業関係者の信頼度)を引き上げる。
第4に、最高経営責任者の直属組織に、環境活動の計画立案と実行に責任をもつ役員を配置し、環境計画と経営計画の調整を行い、環境配慮型指標を経営指標に優先してウェイトづけしコントロールすることである。
第5に、個別企業の環境対策の意義と限界を認識し、マクロなレベルからの行政指導や社会的規制を尊重して協力する。法的規制を忌避せず、社会的規制の強化が新しい技術開発への契機となる可能性に挑戦すべきであろう。また、同業者やライバルとの技術協力など横断的な連携を図っていくことも賢明な選択であろう。
先日、経営史学会の全国大会が京都で開催され、その最終日に「伝統と革新—京都企業からのメッセージ」と題するパネルディスカッションが行われた。京都で会社を創業して100年を超える(株)島津製作所、(株)尾池工業、(株)イシダの社長が何代にもわたる会社の発展と苦難の歴史を回顧し、なぜ100年以上も会社を維持できたのか、その成長の要因と今後の展望を説明された。なかでも、(株)イシダの石田隆一社長(4代目)は、奢らず、油断せず、「皇寿(111歳)になっても若さを保つ企業」「ピンチに際し逃げずに挑戦する」企業を目指すと締めくくられた。優れた伝統とは革新の蓄積である。環境経営をこれから進めようとする企業、環境経営のさらなる高みに挑もうとする企業に石田社長の珠玉の言葉を贈りたい。
(出所)
日本経営協会編集部『オムニ・マネジメント』2009年11月号掲載より
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2007年10月に東大阪商工会議所主催の研究会「トップス東大阪例会」で招待され「CSR経営のすすめ」と題して講演したときのスライドをPDF形式にしたものです。
CSRの本来の目的や具体的な実例をビジュアルに解説して、今後の新しいビジネスモデルとなる可能性をもつ手法であることを論じています。大企業に留まらず中小企業経営者もできるところから意欲的に取り組む意義を強調して結論としています。
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